野沢温泉DAY2:人生のホワイトアウト

「日影のあそこでホワイトアウトしちまってさ。ヤバかったよ」
「あの右に折れるところ?」
「そうそう…それでもなんとか建て直してさ」
「わかるなそれ。オレもブロになってから、どんな姿勢からでも建て直せるようになった。そこが違いだな」

スノーボーダーなのかスキーヤーなのか、野沢温泉の温泉施設『ふるさとの湯』の露天風呂に長湯していたふたりの会話を小耳にはさんだ。ふたりとも長髪で日焼けをした体格はスポーツ選手そのものだ。“日影”とは山の上のスキーコースの名前で、ホワイトアウトとは(スキーをしないぼくは後で調べた)「雪や雲によって視界が白一色となり、方向・高度・地形の起伏が識別不能となる現象」をいう。ひとりがそれにつかまって、滑る方向を見失いながらも、落ち着いて体勢を建て直して事無きを得た。

「もうちょっと筋肉を付けたいし、そうしろとコーチにも言われてるんだけど」 
片方が自分の胸をさすって言う。
「いやオマエの良さは俊敏なところだろ。あんまり巻いちゃうとそれが失われる」
もう片方が湯気の向こうで言う。
「そうだな」
言われた方は納得して湯船から上がり、足を伸ばして柔軟をしだした。スキーをしないぼくには想像力を膨らませて会話を理解するしかないけれど、何かを感じた。

雪が降りしきる野沢温泉の夜道を、ある調査を兼ねて“ふるさとの湯”へ行った。ありがたくも村長さんから招待券を頂いた(村で唯一の有料外湯施設)。雪の壁をつたってゆく先の温泉施設は、ぬる湯・熱い湯・露天風呂、シャンプー・リンスも使えるブースもある。2日目にしてちょっと体調を崩したぼくには、心身ともにさっぱりする機会になった。

村の至るところにユーモラスな道祖神あり。岡本太郎画伯のデザインフォントあり(“湯”という文字)。文学を収めるおぼろ月夜の館あり。スローライフにはスローなアートが似合う。最初に訪れた時、この村はアートを大切にする地と感じたので、温泉とアートをクロスさせるイベントを企画した。

だがその発想の根本にはきっと3.11の大震災があった。あの時ぼくらの仕事や生活は、一瞬ホワイトアウトした。みんな方向を見失った。自分がどこに立っているか見回した。価値観やそれまでの経験がホワイトアウトしたのだ。

そして3.11という白い平原で考えた。これでいいのか?ここにいていいのか?人生のホワイトアウトから手探りで方角を探し出した。一面の白世界から道を見つけて、“生き方のプロ”になった。どんな姿勢からでも建て直せる自分を持とうとした。

ぼくは持てただろうか?少なくとも「持ち出した」とは言えそうだ。まだ雪に足を取られる時もあるけれど、踏み出し始めたのは間違いない。一歩そして二歩。イベントの実現に向けて踏み出そう。もうすぐ春だしね。

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