暴挙と言われても伝えたいなら、人は裸になるしかない。

覚悟を決めた人は裸になる。自分のすべてをさらけだす。


エジプト人女性Aliaa Magda Elmahdyさんはヌードになり、その写真を最初にFacebookにアップした。Facebookから写真が取り除かれた後、blogspotで公開した。こちらから彼女の美しい全身ヌードが見ることができる。現在380万ほどのヒットだ。

CNNのインタビューで「イスラム教で保守的で知られる国で、なぜヌードに?」と訊かれて彼女はこう答えた。

「Facebookで画像を削除された後、ツィッターで公開すれば?と友人に言われたの。私は男が女をセックスの対象としか見ない社会で、セクハラされるのに我慢する女ではありません。
 裸の写真は私自身の表現です。人間のボディはアートを表現するにはベストだと想います」

彼女は自分の行為を政治的じゃないというが、エジプト軍の男たちが女性を「逮捕」して「処女テスト」にかける行為について「レイプである」と断言し、罰っせられるべきだと語る。処女テスト=Virgin testとは、解放軍としてデモ隊を排除する軍が、女性を掴まえて衣服を脱がし、写真を撮るなどの行為をしていたことだ。この事件はうやむやにされたままである。犠牲者は黙っている(語る場がない)人も多いと言われる。

「多くの女性がベールをつけるのは、セクハラを逃れるためなのよ」彼女はこう主張する。


このサイトには彼女のヌードだけでなく、ヌードの男性写真やヌード絵画など裸が溢れている。これらを見た保守層が激怒するのは想像がつくが、先進的な考え方をする層でさえ「カレシにそそのかされたんだろう」(彼女のボーイフレンドは投獄経験もある活動家)と言って冷ややかだという。なんて冷たい社会、なんて冷たい見方なんだろう。

冷ややかなのは男中心社会の男と、冷ややかにしていないとそこで生きていけない女性じゃないか。

イスラム教圏の保守的な社会で、衣服を脱いでさらけだして生きることは、命を賭けないとできない。また裸になるくらいじゃないと(口でいくら言っても、いくら書いても)国内も国際社会もその問題に気づいてくれないのだ。

日本にも覚悟を決めて組織を糾弾した男がいた。「たかが内紛」「何も文科省で言わなくても」と言われている。彼(巨人の清武英利前代表)だって口で言っても書いてもダメだから、暴挙に出たのだと思う。

暴挙と言われても伝えたいなら、人は裸になるしかない。

今日2011年11月21日は、39回目の『World Hello Day/世界ハローデイ』。エジプトとイスラエルの第四次中東戦争の停戦を機にもうけられた、平和祈願の日。「誰か10人を賞賛しよう」というのがねらい。ぼくはAliaaさんと清武さんを讃えたい。

エジプトでは戦争で今日も人が死んでいる。そっちの方こそ暴挙じゃないだろうか。


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