話すように書くことについて。

Siriなんてお尻みたいなネーミングどうかと思う。ジョブズの寿司好きといい、iPad2のバスタブといい、Appleの日本びいきにもほどがある。というわけでぼくはSiriにはほとんど期待していなかった。でもあることを思って興味をもった。

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ご存知のとおり(かどうか)iPhone4Sの目玉機能のひとつSiriは、「今何時?」と話かけると「12時35分」と応えてくれる機能である。まだ日本語対応しておらず、対応するのは来年のいつかだ。今やるなら言語設定を英語にして英語で語りかけるしかない。

発音がよければいいのだが、ぼくはアメリカのバーガーキングのドライブスルーで、ハンバーガーの“Whopper”が上手く発音できなくて恥辱にまみれたことがある。インターフォンの前で、何度もでっかい口開けて、「ウァッ…ッパァ」と怒鳴った。だって通じないんだもの。あのバーガーの屈辱事件以来ワッパーは食べていない。だから日本でバーガーキングが流行らない理由が、ワッパーにあると信じて疑わないのだ。


とここまで書いてスミマセン、今日のテーマはiPhoneでもバーガーキングでもない。

ぼくは自分の作文に問題意識を持っていまして、自分の文体が堅っくるしい、もっと柔らかく自然に書きたいナと感じています。そこで「音声入力」なるものはとても自然なのではないか?と思ったのです。

話し言葉と書き言葉が一致できるのではないか。「話すように書く」ができると、もっと読みやすい文が書けるのではないか。

それで今日のブログはスタイルを変えてみた。書いてみると自然なのだけど、喋り書きには問題もあるのに気づいた。まず文章構成はどうなの?考えずに書き出すと序論・本論・結論がバラバラにならないか?語彙が限られて稚拙にならないか?べらべら書いて長ったらしくならないか?そもそも「読みやすい=価値ある」というほど単純なのか?

根源的な問題もある。仕事が捗らなかった今日の夕方、ぼくはcherryさんに言った。
「明日は根気を出してガンバロウ」
すると彼女はすかさず、
「根気は続けるんでしょう?出すのはやる気」
言語不明瞭から治せと言われてもねえ…(笑)。

文章は技術である。伝えることは修行である。これは事実だ。

でもいくら表現が上手くても、相手が読もうとしなければ伝わらない。読もうとさせる「要素」こそ問題じゃないか。それはきっと技術ではない。修行期間の長さでもない。人柄とか雰囲気とか喋り方、そこからかもしだされる作文=語り口なのだと思う。

その通りだろうけど、でもそれじゃあ文章の達人は生まれない。みんな喋るように書けばいいなら、ブロガー書き手でいいじゃないとなる。実際そんなビジネス本ばかりで辟易しているけど、そんなんじゃ文章技術は廃れるばかり。いかんと思う。

理想的なのはたぶん“落語”。オチがわかっているのにおもしろいのはなぜか。芸を越えた芸、自然になるまで芸達者になった語りがあるからだろう。文章修行のため落語でも聴こうかね。

そこでふと思った。ぼくは語り部じゃない。どちらかと言えば書く人なのだ。とすると喋るように書くのは、ぼくにとってちっとも自然じゃないのだ。あれれ…振り出しにもどった(笑)

今日はおしまい。お後がよろしくなくてスミマセン(笑)。

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