輪上妄想:ナチュラルになりませんか。

昨夜から今朝にかけてしっかり眠れて、気持ちよく目覚めた。奇妙な夢を見たことはさておき 、いつものようにiPadをつかんでトイレにゆくと、フェイスブックにS女史から次の一文が投稿され ていた

郷さん、鳥取のM病院の原稿、最初の書き出し、惚れそうでした。暖かい文でしたね。あの院長の顔が浮かびました。

某誌のために病院探訪記を書くという仕事を、S女史からおおせつかった。しばらく前に取材 して、一文を書いて、入稿した原稿。それを褒めてもらえた。わあ、ありがとうございます!この 病院の院長がほんとうに温かくて、その雰囲気を伝えたかった。それで、一人称で感じたことを 素直に書いた。そこを認めてくれてうれしかった。ふと思った。

 ぼくは抒情性のあるものを書く方が向いている。

そんなことを思いつつ朝ご飯を終えて、さあ今日はチャリ通。つつぅーっと江戸川のバンクを上 り、サイクリングロードへ入る。さわやかな微風に押される。ゆっくり急いでペダルを漕ぐ。速くも なく遅くもない、時速20kmくらいがぼくのスピード。

だから“走り屋たち”にけっこうなスピードで抜き去られるし、スレ違う。ライダースーツに身を 固め、ヘルメットにグローブをはめて、30kmくらいでざぁーっと走る彼ら。

 それはぼくのスタイルじゃあない。彼らは彼ら、ぼくじゃない。

ぼくは風の味を確かめつつ(今朝は草っぽかった)、沿道の住宅を眺め(あのウッドデッキ、使 われてないなとか)、川の水面を眺め(先日の大水はずいぶん引いたな)、ゆったり散歩するお 年寄りたちをパスするとき、小さく「ごめんなさい」と言う。コラムのネタや、ネタのタマゴを考え る。自分の書くスタイルを考える。

ぼくは声高に何かを主張したり、誰かを非難したり、議論を沸騰させる切り口を与える書き手 ではない。事象を細かく解説する専門性もないし、モノをトクトクと語るオタクでもない。たとえば 自転車のブログでも、用品のガジェットや交通のことは書くけど、ギアのメカやフレームやタイヤなどに 耽溺することはまず書かない。

たとえば興味が向くことはこんな記事である。『Calories Spent Riding 100 Miles』。100マイル(160 km)走って費消するカロリー。縦軸はキロカロリーで横軸は自転車経験年数。つまり、自転車に乗れば乗るほど、筋肉がつくのか、同じ距離を走っても カロリーは減らなくなるそうだ。へえっ。自転車も乗りすぎると鈍くなる。何かをしすぎると、何かに鈍くなるというメッセージを感じ た。


あるいはこの動画『Girls on Bikes』の美女たちに眼を奪われた。ライダースーツよりも、自転車はファッショナブルに 美的に乗りたいものだ。

妄想は続く。そして風に舞う“言葉”を探しながら走る。今朝は、こんな言葉が風の割れ目か らやってきた。

 「アーバンナチュラル」

都会の中の自然を探して書くことかもしれない。ぼくは都会育ちだからそれが似合うかな。あ るいは都会と自然の対立、都会に生きて自然も感じたいという、現代人のアンビバレントさかも しれない。自転車は、風に舞う言葉をつかめるから好きだ。自動車ではこうはゆかない。

 妄想はこれまで。あなたも自分にナチュラルになりませんか。

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