Flipboardは個人をネットにまき散らした。

世の中にだんだん『Flipboard』が浸透してきた。


これは昨夜書いたぼくのブログが、iPadアプリ“Flipboard”に“掲載”されたところ。掲載というのは変だけど、掲載なのだ。このアプリは自分のフォローするTwitterとFacebookの書き込みを記事にしてくれるところが、最大の特徴。あたかもマガジンのようなブロック編集でレイアウトしてくれる。読みやすいし、画像が多く取ってくるのもいい。

【Flipboardの凄いところ】
個人のTwitterとFacebookがマガジンになるって、ものすごい革命だと直感して、ぼくは方々でこれがiPad最強のアプリだとふれ回った。そうしたら何人かの人がiPadを購入する羽目になった(笑)。無料のアフィリエイトしたなあ。


この記事化はもちろん自動でやっているのだが、Flipboardがどのくらいの頻度で、“自分のTwitter”を記事にするのか?

それはどうやらフォロワーの数と更新頻度で人それぞれなのだ。つまりフォロワーが多くてツィートの更新頻度が高ければ、Twitterのアプリのタイムラインと同じくらいのスピードで更新される。逆もまた然りで、少なければマガジンはずっと更新されない。どっちにしろ「いつも新しいマガジン」というのは凄いことである。


この画像の下にずらり並ぶ彼らが、マガジンの貢献者ということがわかる。どのフォロワーのどの記事を持って来るのか、貢献度の高い人が採用されている。

【Flipboardは個人をネットにまき散らした】
さて自分のツィートが採用されて、ページのトップに出て来ると(ぼくにもそんなことが2度ほどあった)、フト錯覚に陥る。自分がウエブで主役を演じている。たとえ数分でもウエブを支配したぞ。そんな感じがした。

もちろん実際はちがう。

あくまで自分のフォロワーやツィートの仮想空間“だけ”での出来事なのである。自分のiPadの中だけ。隣に座る人があなたのフォロワーであっても、同じ“Flipboardの画面”を観ているのに、彼/彼女はちがう画面を観ているのだ。それは何か不思議な感じがする。

Flipboardは個人をネットにまき散らした。

ちゃんと言えば、Flipboardは「ウエブ上の情報の個人化・自分化」をリアルタイムに実現する。仮想空間をもう一段深く仮想化した。世間と自分に二重に仮想化したのだ。

次に何が起きるのか。

【ウエブとの付き合い方が変わる】

はっきりはわからないけれど、ウエブへの意識、付き合い方が変わるのではないだろうか。

ウエブ上のプライベート(自分の世界)って何だろう?それは、さらす快感なのか?

これまでより、自分をもっと世界にさらすことが一種の快感になった。自分の世界づくりの小さな表現活動が、常にどこでも、起きている。まるで永遠にトランプカードを重ね続けるかのように、一枚、また一枚と、上に上に重ねるゲーム。

じゃあソーシャルネットワーク(人とのつながり)って何だろう?それは自分の中での仮想なのだろうか?

自分から観たつながりが、あたかも社会のように思うとすれば、それは果たして社会なのか、個人の世界の一部なのか。プライベートとソーシャルの境目が、すごくぼんやりしてゆく。

う〜…だんだん迷路に入ってきたんで、今はこのくらいに。でもFlipboardをテーマに論文が書けそうな気がしてきた。トランプのカードをめくるような、結論のない論文になりそうだが…。

【追記】ほら、さっそくFlipboardに掲載された。約2分後。

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