『適切な世界の適切ならざる私』のことば

告白しよう。ことばに脅かされるときがある。ことばに押し潰されることがある。ことばにしっぺ返しされて眠れないときもある。

こんな拙くて食えないブログ文でさえ、こんなぐあいなのだ。機会を頂いて書く2つの連載も、ビジネスパースンが読者で、ビジネスメリットを箇条書きでもいいのに、表現が不味くても誰も咎めないのに、あれこれことばを入れ替えしている。そうしても脅されることがある。そんなときはことばの海に身投げしようと思う。

似た気持ちを“幾度もことばに轢かれた”と表現した詩人がいた。同化したいとさえ思ったが書き手は18歳の少女だ。どうかしている。


【cotobaのペダル51.『適切な世界の適切ならざる私』のことば】
詩集『適切な世界の適切ならざる私』から、ひとつだけ選ぶとしたらこれだ。『横断歩道』。

“詩を、生きる信号としたために、私は幾度もことばに轢かれた”

この一行にわたしはやられた。普通の人は轢かれても感じないけれど、詩人は天才なので、ことばに轢かれたことを詠える。轢かれた路上で、ことば色の血を流し、目をつむり這い出すと、今度はことば音につかまる。その音の密生にからまり、やがて青信号が点滅する。

渡りきるまで、
たくさん轢かれてみよう。(中略)
おりてこいよ、ことば。(引用)


詩とはことばに轢かれる所業なのか。この詩の前半の情景は、黄色い“交通事故障害保険”のワッペンをつけたランドセルの児童が、赤信号だから渡っちゃだめだよ、と詩人の鞄を引っ張ってとどめようとする。赤信号でもわたるのは、詩をうたいたから。横断歩道という、安全と危険のゼブラにことばをきざむこと。詩人は“ランドセルも道連れ”にして渡りきろうと発する。ことばは危険なのだ。

終行の、“おりてこいよ、ことば”は、わたしにとって生涯の一行になった。

【おとこ】
現代詩の新人登竜門とされる第15回中原中也賞の選考会が(2010年2月)13日、山口市の旅館であり、札幌市の公立高校3年文月悠光(ふづき・ゆみ)さん (18)の詩集「適切な世界の適切ならざる私」(思潮社刊)が選ばれた。第1回受賞者の豊原清明さん(当時18歳)に並ぶ若さで、女性では最年少。引用元


作者より直接購入したこの詩集、24の詩編を感動を重ねて読みました。『横断歩道』に次いで心に刺さったのは作品『おとこ』。

人参の、大きい円から小さい円、
ちょうど、スクリーンから映写機へ、
光の道筋をたどる観客の目で、彼を切り出す。
(引用)

この詩は映像力が際立っている。包丁で薄く切った人参の輪が、“光の破片”となって“まな板にささる”。なんてヴィヴィッドな表現か。人参の輪は、映写機のリールの円さ、送映するカチカチという光の円さにつながり、光のなかで幾重にも分断されてゆく。

にんじんとは“男の根”をうたっているのだが、男なんぞ鍋でクツクツ煮込まれてうれしいだけの存在なのだ。それも女の微笑で包まれてしまう。

【天井観測】

保健室、天井を眺めるためのお部屋、
天井観測ベッド。
(引用)

天井観測ベッド、というワードにもうたれた。作品『天井観測』はある日の保健室への逃避行。保健室で落ちていく、不適切な世界の不適切な自分の気持ちを描く。

思えば小さいころは天井を観測していた。布団に横たわりいったん顔まで包む。眠れずにそろりと鼻から上を出す。暗がりにだんだん目が慣れて天井板が見えてくる。板と板の間のまっすぐな筋は夜よりも黒く、木目が流れ星のように降ってくる。

いつしか、視力が悪くなって見えなくなった。いつしか、大人になって心でも見えなくなった。なんてことだ。今夜は天井観測をしてみよう。

【指の先までことばになろう】

ことばに幾つまで轢かれたと思えるのか。もうあきらめろよ。と手前の自分が、奥であらがう自分にささやく。轢かれても痛くないだろうと。

天才詩人のことばに轢かれたと感じられるのなら、まだ大丈夫なのだ、と思うことにした。とっくに赤になった横断歩道に突き飛ばされ、身動きできないだけかもしれないけど(笑)。“指の先までことばになろう”(『ロンド』より)、とわたしも思う。


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