ハイチ・ストリートに音楽のhandchatを

現地時間の2010年1月12日午後4時53分、ハイチ共和国ポルトー・プランスの南西部を中心に起きた地震から丸三日を経過した。ブログをアップした今(21時半)現地時間は15日の朝7時半くらいですから、4日目も半ばを大きく過ぎた。

【cotobaのペダル1.ハイチストリートに音楽のhandchatを】
昨日(8日)、現地の衛星画像google earth提供)をcherryさんとPC上で観た。before/after画像が凄まじい。上はビフォア、次はアフター。機能していないと報道される大統領府。これで機能するわけがない。

画像引用元CNN

【集団埋葬がすでに始まっている】
今日(9日)google earthでポルトー・プランス市内をあちこち観たけれど、崩れた建物も、人がたむろしているような様子までが克明に撮影されている。美しい港も消失した。


しかも温暖な気候なので、地震後“72時間セオリー”は通用するとは限らない。“bodies”は広場に集められ、ただ静止している。訪れる家族さえ死んだのかもしれない。身元不明なまま、棺桶に入れての集団埋葬(火葬)映像をCNNでくり返し観た。これも仕方ないと思った。でも寒気団で寒くても平和に暮らす日本で、寒気がした。

【音楽が人びとを救う】
Despite the death and destruction, hundreds of people, mostly women, took to the streets in an area of Port-au-Prince on Friday, singing and chanting as they marched down the street — a sign of resilience amid the mountains of rubble.引用元CNN

数えきれない死と被害の大きさにも関わらず、(3日目の)金曜日には、何百人もの市民が(多くは女性だ)ポルトー・フランス市内の街頭に次々と集まり、歌い、踊りだした。瓦礫の山を前にして、必死に生きる叫びを上げている

この報道に写真はない。だが彼女たちの手拍子やダンスを想像して、ひそかに涙した。音楽といえば、ハイチの音楽は地理的・歴史的な影響を受けつつ育ってきたといわれる。代表的な歌手は、ハイチ出身で米国在住のワイクリフ・ジョンさん(シンガー)である。


偶然にも彼は、地震直前にハイチの友人と電話をしていた。「地震だ」という現地側の声で切れて45分後にメールがきた。“建物はすべて崩壊している”。ジョンさんはすぐに義援金を集める活動を開始。だがハイチに住む彼の友人でラッパーのジミー・Oさんを、まだ探している。今まで音信がないからだ。


【cotobikeなアドバイス】
所得や識字率が低いハイチでは、音楽が、最も重要なメディアであり。“ことば”なのだという。wikiによれば「メレング、ヴードゥー、ララ、コンパ、ヒップ・ホップ」。なんとなくそのリズムもラップ的な要素も想像できそうだ。

極限状態ではiPodもwalkmanも要らない。楽器さえいらない。手拍子(handchat=手話のスラング)さえあればいい。それが生きる力を分け合える。今日は以上です。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中